大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和57年(ラ)794号 決定

抗告人 高岡裕夫

相手方 高岡直

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

そこで抗告理由について検討する。

抗告理由第一項は、要するに、原審が本件婚姻費用の分担額を決するにあたつて抗告人と同棲している中村恵の生活費を考慮しなかつたのは不当であるというのである。しかしながら、およそ婚姻関係が継続している以上、夫婦双方の可処分所得は、未成年の子などの扶養すべき親族の生活を含めた相互の生活の維持のために必要とされる程度に応じてこれを分配することを原則とすべきであり、夫婦の一方が異性と同棲している場合に、その扶養に要する費用は、特段の事情のない限り右分配にあたつて考慮すべきではない。そうして、本件において、夫婦関係が抗告人の責めに帰すべからざる事由によつて完全に破綻したのちに抗告人と中村恵との同棲関係が生じたなど、前記原則によらない取扱いを相当とするような特段の事情が存するとは認められないから、所論は理由がない。

抗告理由第二項は、原審が抗告人の可処分所得を算定するにあたつて中村恵及び同人と抗告人との間の子である中村芳宏の社会保険料を控際していないのは不当である、というのである。しかしながら、原審判の理由説示及び本件記録によれば、原審判が右両名の納入すべき国民健康保険料を抗告人の可処分所得から控除していないことが窺われるけれども、中村恵を被保険者とする保険料についてこれを控除すべきでないことは、抗告理由第一項について前述したところから明らかであり、中村芳宏を被保険者とする保険料についても、その二分の一は母である中村恵の負担に帰すべきものと考えられ、残る二分の一を抗告人の可処分所得から控除すべきものとして計算しても、その結果、相手方及び長男一郎に配分されるべき生活費として算出される金額においてみれば、原審判の算出した金額との差は僅少であることが明白であつて、原審判が言及しているような諸般の事情を勘案すると、原審が抗告人の負担すべきものとして算定した一か月八万円の婚姻費用の額を動かすに足りるものとは到底いえない。したがつて、所論は理由がない。

抗告理由第三項は、昭和五三年一一月大阪家庭裁判所で成立した調停において定められた婚姻費用分担額五万円及びその後における抗告人の給与額の増加の程度から考えて、原審判の定めた金額は高きに過ぎる、というのである。しかし、右調停は当事者双方の互譲の結果成立したものであるから必ずしも客観的にも妥当な内容なものであるとは限らず、また、抗告人の給与額以外の双方の生活条件が右調停成立当時と今日とで同一であるとは限らないのであるから、所論の理由のないことは明らかである。

抗告理由第四項は、相手方の所得につき原審判には事実誤認があるというのであるが、記録にあらわれた資料から認定される相手方の所得は原審認定のとおりであつて、この点につき事実の誤認があるとはいえない。

抗告理由第五項は、原審判には抗告人と相手方との別居原因等につき事実誤認がある、というのである。しかし、記録によれば、所論の点につき原審認定のような事実関係を認定することができ、この認定を覆すに足りる資料はない(もつとも、抗告人と相手方の婚姻の日が昭和三三年六月一六日であることは、記録中の戸籍謄本によつて明らかであり、これを同月六日とした原審の認定は誤りであるが、もとより右の点の認定のいかんによつて本件婚姻費用の分担に関する結論が左右されるものではない。)。

よつて、抗告理由はいずれも理由がなく、そのほか記録を精査しても原審判につき事実誤認又は法律判断の誤りを見出すことができないから、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 下郡山信夫 加茂紀久男)

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を東京家庭裁判所に差戻すとの裁判を求めます。

抗告の理由

1 原審判は可処分所得(合算三一万四一九二円)の配分では、申立人及び長男分一五万七〇九六円と算定している。従つて抗告人親子(子、中村芳宏、内縁、中村恵)三人も一五万七〇九六円となる。中村恵(無職)は昭和四一年以降一七年間、抗告人と同居、相手方と別居の原因ともなつた母の面倒をみ、抗告人の会社倒産、失業の間も家庭を支え、実質的夫婦関係にあり、原審判の算定は全く不当である。

2 抗告人の給与所得からの算定において、同居の子、中村芳宏及び中村恵分の社会保険料等の控除がなされていない。

(上記両名分の社会保険料納付領収書写し別添)

3 算定の基礎となつた抗告人の昭和五六年度給与所得総額四一八万九五〇〇円(ボーナス、税込み)は、昭和五三年一一月調停成立(大阪家裁昭和五三年(家イ)第二四三七号婚姻費用分担事件)により、五万円を毎月支払つた二年前の昭和五四年度給与所得三八二万七二〇〇円(ボーナス、税込み)より、二年間で九・四%の増にすぎず、世情云われる生活費の増加率にも及ばない。

(昭和五四年度源泉徴収票写し別添)

4 相手方の所得は総収入のうち給与所得のみの算定であり、抗告人と婚姻後、取得した由の貸別荘の賃貸収入及び相手方実家(○屋)同族会社の株主配主金等の所得の勘案がなされていない。

5 原審判の理由のうち二の(一)及び二の(二)の一部は、下記の通り事実の内容に誤認がある。

(一) 審判、理由二(一)のうち「長女の懐妊が判明した頃の昭和三三年六月六日に周囲の反対を押切つて婚姻の屈出をした。」とあるが抗告人、相手方の双方の家族の承諾も得、昭和三三年三月頃に結納を交わし婚約、結婚式場の予約申込み、約二ヵ月後の昭和三三年五月下旬乃至六月初め(月日未確認)、元○○○○会長故大川浩治氏の媒介により、○○会館において挙式、当座は相手方両親の家に起居、以後、新住居が確定(現在の相手方住所)してから婚姻の届出(昭和三三年六月一六日届出)をしたものである。

(二) 「家計費を十分渡さなかつたことや相手方の母と申立人の不和などのため、次第に家庭生活は円滑を欠くようになり」とあるが、相手方の、母子二人丈の抗告人の母に対する暴行、異常な虐待、同居の拒否。また抗告人に対する暴言、病的異常な振舞(当時相手方の父と共に相手方を精神病医に受診、また通院もした。)が別居原因のすべてである。

抗告人は過去(昭和四九年初め頃迄)種々の会社に勤務したが、給与収入は世間水準、同年齢水準より常に高く、家計費は常に相応に渡しており、むしろ相手方の不明の浪費が過多である。

(三) 審判、理由二(二)のうち「大学卒業後なかなか定職が決まらず、結婚後も勤務先の倒産などで転々としたが、昭和三七年に申立人の父の縁故で○○○○○(株)に入社した。」とあるが抗告人は卒業後(昭和二六年卒)、当時後見人的存在であつた故横山大氏(○○相、○議院議員、○○○○会長)の秘書及び○議院議員登録秘書として勤務。○○○○における横山氏の失脚にともない昭和三一年二月より浪人。昭和三一年一〇月相手方の叔父の紹介で沼津市在株)○○○○○に入社したが、結婚後の昭和三五年四月に倒産し株主・経営者の交替にともない辞職した。昭和三七年三月○○○○○(株)に入社したのは、相手方の縁故、紹介とは全く別問題である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例